第一回コラム

ひかげAKさんのコラム


 どんな子どもでも、クレパスを握らせると落書きをはじめる。クレパスがなければ爪で紙を引っ掻きはじめる。絵の具の発明される遥か以前から、人類は岩壁に月や獣や太陽やを刻みつけてきた。それが絵と呼ばれ芸術とみなされるようになるよりも、ずっとずっと遠い昔から。

 卒業式の日に、机に自分の名前を刻み込んでいく。砂岸に大好きな人の名前を書いていく。ここにいる、自分はここにいる、ひとは何故だか痕跡をそこに残していきたい。たとえここから去った後にも、何かが残っていくように。

 哲学者達は、そんなところから<表現>は始まったのだと述べている。ヘーゲルは有限の自覚から美への意識は始まると言い、ハイデガーは死の宿命から芸術は紡がれると語った。人は、やがて消え去っていく存在だからこそ、その痕跡を表現として残していく。

 「命を超えて何かを残したい」

 ただキャラクタが死ぬのではなく、そうした叫びに、思いに問いに、キャラクタの死が作品が触れるとき、そこに私達はキャラクタを超えた作者自身の叫び声を聞く。作者の、表現することそのものへの祈りにも似た希求に触れる。「死」に感動するのは、そんな時じゃないかな、などと偉そうなことを考えてみたりみなかったり。
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by bungeisai | 2005-09-18 21:37 | 第一回コラム


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