第四回コラム

ワシ@部屋長さんのコラム(2)



5、クリエイティブの目的とその達成

さて、「クリエイティブ」というものの意味をごく簡単に追ってみましたが、ここで「クリエイティブ」というものが発生する根源的な理由・目的について考えてみたいと思います。

先ほど「クリエイティブは伝達である」というお話をさせていただきましたが、伝達であるからには伝える理由があるはずです。
みかんジュースをつくってもらおうとしたAさんも、また表現する理由があったはずです(例えばのどが渇いていた、など)。
ではクリエイティブが目指すところの目的には、どのようなものがあるのでしょうか?

既存メディアをかんがみると、例えば2の項でも書きましたが、テレビであれば「CMを見せるための呼び水的意味」と「お金を出す主体に有益である情報を提供する」という2つの理由があります。
おそらく多くのメディアがこのパターンの目的を持ちクリエイティブが行われていると思います、つまり前者は「クリエイティブにより別の何らかの目的を達成する(間接的訴求)」、後者は「益に対しそれに対価するクリエイティブを提供する(直接的訴求)」と言い換えられると考えられます。

仮に2や3の項で書いたような「観覧者を意識する必要性がない」という仮説を考えない上で、これを現状の「アマチュアがアンダーグラウンド的なネットの表現の場で行っている個人製作の動画」の世界に当てはめると、どんな目的が見えてくるのでしょうか。

例えば「間接的訴求」でいえば、「アフィリエイト広告をクリックしてもらうための宣伝としてコンテンツを作る」や「アクセス解析・リファラ等によるマーケティングデータの採取」「別のジャンルやフィールドでのクリエイティブの前に行うテスト(β版的意味合いも含め)」「有料コンテンツへの展開に向けて、宣伝効果をねらったコンテンツ提供」などが考えられると思います。

またFlashコミュニティーという意味合いでは、「広くコミュニケーションを行うための題材・きっかけとして作る」「手軽に自分の表現能力を試せる場として、内省的な意味で自身を知るために表現を行う」「小さな箱の中で『もてはやされる』喜びを味わうために作る」といったことが考えられます。
さらに類似したマス・メディアへの転化として「プロフェッショナルになるためのきっかけ・箔付け。あるいは、あわよくば既存メディアの登竜門的コンテストで入賞したり、偶然ネットで作品を見かけたプロデューサーなりディレクターなりに拾ってもらうための作品提示」を目指し作るという見解も出来るかと思います。

一方「直接的訴求」はアマチュアメディアではまだあまり広がっていないのかもしれませんが、「コンテンツを有料化し提供する」「企業等のコンセプト広告として何かしらの表現をする」「有料イベントにバックマージンの代価として作品と提供する」などが挙げられるかと思います。

いずれにせよクリエイティブには明確な理由があり、それを満たすためのレスポンスを得たいと思うものです。
逆に言えば、観覧者はその表現者からの訴求に対し、望むべき結果を与えてやってよいのか、あるいはそれ以上の評価を与えるのか、反対にそれ以下の評価を下すのか、全ての裁定の基を担っています。
その意味で、先ほど申し上げましたとおり表現者は観覧者に対して、より望む結果を得られるような形で情報を提供する必要があります。
例えば「何かしらのコンテストに発表したいと考えている作品を一般公開し、修正点をあげてもらいたい」という欲求から作品を公開しているのであれば、より多くの、確かなレスポンスを得られるためにその旨を伝え、この部分のこの動きが肝であり、こういった部分を提案したい、と提示する場においてどこかで伝えるべきかと思います(あるいは伝えないことにより「何の情報もなく理解できるか」という確認もできるかもしれませんが)。

もちろんこれは、コンテストに出す、というケースのみの例ですから、他のあらゆる目的に対し共通の要件ではありませんが、何にしても表現者は表現を行う前に、レスポンスを得られるためにやるべきことを意識し、その後で改めて表現の向上について意識すべきかと思います。
制作時間や目標などの情報以外にも、作品自体の属性(自分の作品がプロのメディアに近いものを目指し作られたものなのか、あるいは寺山修司的な実験動画を目指して作られたのか)や、自分の作品に求められるレベル(何かしらのビジネス展開をしたいのでそれに見合うだけの表現になりえているのか、あるいはそうではないので気軽な視点で見てもらいたいのか)、その意思表示は必要に応じてすべきです。
もちろん隠しておくべきは隠しておいて良いかと思いますが、それが表現の邪魔をするようでしたら、「レスポンスを得たい」という目的の元行われる表現活動の原理を考えれば本末転倒です。

これらの、「クリエイティブの目的とその達成」に必要なこととは何かを考えることが、おそらくクリエイティブを行う者の最低限の「自分の作品に対する思いやり」かと思います(表現者の作品は作品を提供した段階で表現は表現者のものではなくなるわけですし……)。


6、「観覧者を意識して作品を作る」ために

さて本題です。
観覧者を意識した、具体的な作品作りの方法とはなんでしょう?
上記で述べてきました「発信者」としての義務や目的を補完しうる要件といった内容はもちろんのこと、肝心のコンテンツが十二分に「表現」として成立するものでなければ、結局は得たいレスポンスは得られないものになってしまいます(いわば聾唖的なクリエイティブは厳禁ということです)。

その表現として成立させるためのテクニックですが、おそらく基本的な要素は皆さんご承知の通りです。

文章であれば見る側がきちんと読める尺をとる(実際動画コンテを作ってみて、自分でも十分読める尺か確認してみるのがベターですね)。
ショートムービーの場合、音楽の同期なども重要かもしれません。
音の区切れにカットを変えるなどの同期の取り方はもちろん、曲の印象に合わせシーンを変更する等も、観覧者に対して耳から直感的にストーリーを汲み取ってもらうために有効な手段かと思われます。

Flashというツールの特性を使うのも面白いかもしれません、スクリプトを組みゲーム的な要素を加えてみる、ボタン操作でストーリーを文節に分けて展開、隠しボタンで別の内容を挿入、などなどwebを意識して作られているFlashだからこそできる表現もまた、観覧者に驚きを与えるひとつの要素になりえるでしょう。

それから、これらの部分部分の気遣いのほか、全体を通してより「表現」として面白いものを提示する努力も必要です。
例えばそれはメリハリをつける、といったことかもしれません。
ストーリーの起承転結、というのは使い古された言葉ですが、一連の流れとしてコンテンツを見せるということを常に意識する必要はあるかと思います。
最も見せたいシーンをより引き立たせるためにはどうするか、起であったり転であったりどこかのシーンだけがむやみに長くなっていないか、尺の長さ短さは適切か、視覚効果はうまく働いているか、自分が表現したいことを過不足なく表現できているか……。
さまざまな要素が挙げられるかと思います。

ただ、ネットでアップするコンテンツを作る上で何より重要なことがもうあります、それは「Flashの再生中にウィンドウを消されないこと」です。
「そんなの当たり前じゃないか」と思われるかもしれませんが、はたして(僕も含め)多くのFlash製作者は本当に「途中で消されない」ための努力を十二分にしているでしょうか?
ウェブはいわゆる3秒ルール(5秒ルールという人もいますが)があります、あるページを見たときに「そのページを見る必要がない」と判断するまでの時間です。
ネットのバナー広告は基本、このルールにのっとり、「つかみ」に非常にこだわっています。
まずは結論(何がどのくらい特になったのか)やインパクト(センセーショナルなコピーライティングの提示)を表現し、そのページ内に観覧者をとどめる努力をします。

例えばローディング中、程度の低い画像が出ていた場合、観覧者はどうするでしょうか?
そのローディング画面だけで作品全体のクオリティを想像し、画面を消してしまうかもしれません。
実体験として、ものの数秒Flashを見ただけで別のページに飛んだ、という方は少なくないかと思います。

これは単に「数秒見ただけで全容が判断できたので見るのをやめた」と安易に判断してしまってよいのでしょうか?
僕はこういう話をするときによく引っ張ってくる言葉で、メディア論の大家、M・マクルーハンの「メディアのそのものがメッセージだ」という話を挙げます。
マクルーハンが言うには、各メディアはそのコンテンツ内容奈何ではなく、メディアの性質そのものが観覧者にメッセージを投げかけているというのです。
この見地で、例えば映画というメディアを考えると(マクルーハンの説とは異なった見解になりますが)、コンテンツ内容を詳しく確認することなくお金を払い、中に入って初めて実際のコンテンツに触れることが出来ます。

そこには「最低限面白いものが見られる」というある種の信頼関係があるから成立するものなのですが、仮に面白くなくても先払いであり「途中で出にくい環境(暗闇であり、ゆったりとしたシート席)」のため、とりあえず多くの人が最後まで見ることになるはずです。
こういった環境下であれば、大げさに言えば最後5分だけが圧倒的にすばらしい内容であっても客を満足させうる可能性もあるということです。

一方ネットというメディアはその特性上、「すぐにページの移動が出来る」「途中観覧をやめるデメリットが乏しい」という以外にも「無数のコンテンツがある(ニュースサイトなどを見れば一日何十本という新作が出ている)」ため、観覧者は早い段階でその作品に対する評価を決めてしまいがちになると考えられます。
(ただ一方で、今回の文芸祭のように、コミュニティ内で大いに作品評価や批評が盛り上がるイベントであれば、「最後まで見なければ話題に入れない」と観覧者が感じることで最後まで見る可能性も高くなります。その場合は思い切った構成の動画を作るのも手かもしれません)。

そういったメディア自体が持つ特性も意識し、最適な表現をすることが、「観覧者を意識して作品を作る」上で重要かと思います。


8、コミュニケーションで磨かれるもの

さて以上、実にざっくりと、思いついたことをそのまま羅列してきましたが、はじめにも言いましたとおり何も堅苦しく色んなことを考えず作るのも一興かと思います。
結果から目的を生み出す、というのもままありかとも思います(昔の学生運動的に言えば「体制から行動が生まれるのではなく、行動から体制が生まれるのだ」といったところでしょうか)。

ただ一方で、クリエイティブはそれそのものに多くの示唆と教示にとんでいます。
作り手、受け手に関わらずそれに関わること自体に、多くの思考的向上性が含まれています(なぜならクリエイティブとは文化そのものだからです)。

インターネットのクリエイティブは、基本的に表現者と観覧者を結びつける接点は、ネット上のコミュニケーションツールになります。
その中で何を発露するのか、あるいはレスポンスとして何を投げかけてあげるか、それはとりもなおさず自分自身の向上につながると思います。
存在する情報を屈指し、より良いものを作り、よりよいレスポンスを与える、ネットのコミュニケーションの中で磨かれていけば、よりよいクリエイティブが作られる土壌が出来るのではないかと思います。
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by bungeisai | 2005-10-24 00:31 | 第四回コラム


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