第四回コラム

ひかげAKさんのコラム



観覧者を意識して作品を作ることについて


 というテーマなんですけど、うーん、困ったな。「独りよがりに陥らず、客観的な視点を持たなければならない」とか、「鑑賞者の要求を掴むことが大切だ」とか、そういうことを書けばいいのでしょうか?

 ええとですね、でもですね、ご存知のように私は萌え研のヒトなわけでして、私が製作しているのは妄想上のおなごにひたすらに熱を上げるという、ほら、もう書いて字の如くとしか言えないような「独りよがり」極まる作品なんであります。ええい、独りよがりの何が悪いってんだ、はんっ、いいんだよどうせオレみたいな萌えオタなんて、ああもうほっといてくれ

 喝采なんていらないんだ、あの娘の笑顔さえあれば、もう何もいらない。

 三文ポエムを綴ってる場合じゃないんですけれど、満場の喝采を求めるよりも、そう、ちょうどお目当てのあの娘にせっせとプレゼントを贈るのと同じような姿勢で、自分は作品製作をしていけたらなあと考えています。

 プレゼントに自分の気に入らないものを贈ったりはしないですよね。大切なヒトにほど、とっておきのお気に入りを贈ろうとしますよね。そんな思い入れの深さを見せてこそのプレゼントです。で、当然にめいっぱい包装も凝らしたり、渡すタイミングを考えたりする。表現論的にいかにすべき、といった大袈裟な話ではなくて、鑑賞者を意識する、というのはこんな当たり前なかたちでやれたらいいなあ、と考えたりします。

 もしくは、それぐらい作者と鑑賞者の距離が近いのがFLASHの世界なんじゃないでしょうか。マクロメディアはさかんに喧伝していますけど、「個人の製作ツール」であるとは、直裁に個人の思い入れや嗜好を反映するということであって、また直接に見る人もそれを受け取るということですよね。なお職人と鑑賞者の目線の高さがまだまだ近い、未分化で混在的なFLASH・動画板にあっては、プレゼントと同じように考えるとちょうどいいんじゃないかなと思っていたりするのです。


 ところで問題は、じゃあ「あの娘」ってどんな娘なのよ、何が好みなのよ、ってことなんですけれど、そう、そもそもに「鑑賞者」といいますが、それはいったい誰のことなのでしょう?

 まさか皆さん全地球人類を相手に作品を製作してますか?言語も異なるような人達を相手に?んなわけないですよね。この国の全ネット住人相手でも凄まじい話です。老若男女、貧富保革の思想も階層も違う人達を相手に、いったい何を作ればいいのかわかんない。フラ板全体でもまだ広過ぎる。だって700余りものスレがこの板にはあるんですよ?

 「客観性」というのはある種のまやかしです。もしくは、抽象的な「鑑賞者」なるものは存在しない。あるのは、具体的に萌えが好きだったり、MG志向だったり、はたまた文章系に耽溺していたりする、個々にさまざまな嗜好を持った人達ですよね。

 「観覧者を意識する」というのは、まず「この作品を贈りたいのは誰か」を特定することから始まる話じゃないのかなと思うのです。趣味の異なるヒトにいくらプレゼントを押しつけても迷惑以外の何物でもないわけで、逆にお目当てが決まれば、抽象的な考察を抜けて、何を具体的になすべきか、どのような表現をなすべきかが見えてくるものかも、なんてことを自分自身、製作に行き詰ったときにはつらつらと考えたりします。


 さて、プレゼントなんですけど、びっくり箱って贈ったことないですか?私は結構大好きなんですけど、素直に喜んでもらうだけがプレゼントではないですよね。

 世に憚られるようなもの、無言のうちに圧力のかかっているものだからこそあえてやってみる価値があるというのは、某団体に喧嘩を売ったすなふえさんにせよニートを扱うアンタイトルさんにせよ、証明していることですよね。世のレッテルをそのままなぞっているだけでは出てこないものがあります。「鑑賞者を意識する」というのは、ラベリングをひっくりかえす時にこそ、最も必要な力なのかもしれません。

 機会があったらこうした試みのありかたについて書きたいなと思っているんですけど、今回は、ここまで、です。またよろしくお願いします。文芸祭、もうすぐ開催ですね。
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by bungeisai | 2005-10-24 00:33 | 第四回コラム


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