第三回コラム

ハリジャンぴらのさんのコラム



文芸祭も出場者が発表されて徐々に盛り上がってきました。
ぴろぴとさんの出場に話題が集まってますが、
個人的には未だ見ぬ新人さんたちや普段見る機会のない職人さんが
どんな作品を放り込んでくるかも楽しみだったりします。
イベントってこういう予想外の良作に出会う機会でもあると思っとります。
運営としてだけでなく、ただのflash好きとしても楽しみな文芸祭まであと一カ月。

そんなわけで今回は「flashと感想」のお話。
これでも感想は専門分野というかこれで名前を売った立場なわけで
今回はちょいと長く書いてみたいと思います。

おいらは毎年、自分のサイトで紅白の全作品感想を書いているわけで、
感想書く側の人間なわけですが、これが意外とプレッシャーだったりします。
人様が時間と魂削って作った作品にあーでもないこーでもないと
したり顔で意見を言うというのがなんとも心苦しい。
しかも遠い立場にいるプロが作った作品にケチをつけるというのではなく、
わりと近い位置にいて自分が書いた感想を本人が読む可能性がある状況下で
あえて感想を言うというのもなんとも厳しい。
良くも悪くも作る人と感想を書く人の距離が近いというのはこの世界の特徴の一つです。
いつも人様が作ったものにあれこれケチつけてしまって悪いなあと思いつつ書かせてもらってます。
実際、オフで作者さんに会った時、謝ったりもしてます。
一度ひょんなことで自分が感想書いたことのある人たちだらけな場所に紛れ込んでしまったことがあって、
その時はマジで土下座して謝ろうかと思いました。
それぐらい自分の書いている事にビビリつつ感想書いてます。

それはさておき。
かつてflash板にはアンチ統一スレッドという否定的意見をも含めてたガチンコな感想を言い合うスレッドがありました。
それが一体どんなスレッドであったか、崩壊までの経緯、
最悪板に移動した最悪アンチの機能みたいな話はまた別の機会にしますが、
皆さん、ご承知の通り、このスレは現在、元の形では存在しません。
感想系スレと呼ばれるスレッドはflash板に現在もいくつか存在しますが、
気軽にライトな感想を書くスレが細々とやっているばかりで、かつてのアンチスレのように、
忌憚ない感想や意見を言い合い、時に議論に発展するようなスレッドはもうどこにもありません。
なぜflash板では感想系が育ちにくいか。
なぜみんな感想を書かないのか、ちょっと考えてみましょう。

まず一つは感想を書くというのが思いの外、労力を割くということ。
数分間の作品に一言二言の感想ではなく、長文の感想を書くというのは実際にやってみると意外にも大変です。
気楽に観ながすのではなく、何度も見直して要点を絞りつつ書く必要があります。
なぜそう思ったか、何がそうさせているのか。
自分の感じた事を他人に伝える言葉に変換するという行為はなかなか大変です。
これまたflash板感想業界(どこにあるのか知らんけど)ではタブーとなりつつある話題ですが、
長文弥太郎氏の紅白作品感想なんかはホントにつっこんで観て書かれていて、
「こりゃ大変な仕事してるな。すげえな。偉いなあ」と思っていたら案の定と言うかなんというか中途で放置されてしまいました。
期待もあっただけに、「あーやっぱり、あれを全部書くのはきつかったか」と
同じ全感想を書いてる身として弥太郎氏に同情したりなんだり。
あれなんかホントに大変な労力をかけてやっていたと思います。
人様の作品に好き勝手言うというのは簡単そうに見えて意外と大変なのです。

第二に感想を書くという事は荒れる原因にもなるということ。
個人的感想であれ、しっかりとした批評であれ、一つの作品に評価を与えるという事は
少なからず反発が出るかもしれない意見を他人に対して宣言することであり、
実際、かつてのアンチスレも一つの作品の評価や感想を巡って大荒れに荒れることがしばしばありました。
忌憚ない感想という名目による叩きや不毛な議論も少なくなく、
匿名性の弊害として忌憚のない意見は時に暴力と変わるわけで
アンチスレでの感想をあえて見ないようにすると公言した職人さんもいました。
感想を言うというのは少なからず事を荒立てる行為であると言えるわけです。
特に2chのような匿名の形式でそれをやるのは非常に難しい。
労力を払って書かれ、かつ事を荒立てスレッドを荒し、他人を傷つける可能性さえもある。
それならば感想などという自分が思っただけのことをあえて文章にすることなどない。
それでなくとも一々自分の考えをカタチにするなんてめんどくさい行為なのだ(このコラムは実に書いててめんどくさいです)

感想を書く人が少ない理由はいろいろあるとは思いますが、
一番大きな理由はやっぱり「めんどくさいから」「書いたところでいいことなんぞないから」の二つではないでしょうか。

すでに存在する映像に対して何かを語ろうとするという行為は、
既存の映像で受けた感覚を言葉によって再現しようとする試みであり、
最初から徒労が約束されている。
映画批評家蓮実重彦も映画批評の著作の中で
「映画に向かって適当な言葉を口にすることは、不可能なのだ。
言葉はたえず圧倒的に敗北しつづける。
だとするならば何を書いても徒労に終わるほかはあるまい」
と書いています。

しかし感想を書くというのはホントに徒労でしかない行為なのでしょうか。
「感想が欲しい」「見た人の意見が訊きたい」と言う職人さんも少なからずいます。
実際、自分の書いた感想に対して「ありがとうございます」というメールを下さる方もいます。
どうやらflashに対する感想というのは作り手の需要があるようです。
「もっと感想を自由に書いてもらえるような環境があれば」と言った人もいました。

また自分がflashを見た時の感動を言葉にする事というのも大事ではないでしょうか。
おいらが毎年、紅白の全作品の感想を書く理由の一つは、文章にするという行為によって、
より深く作品と向き合う事が出来るというのがあります。
ただ流して作品を観るのではなく、何が良かったのか悪かったのかを考え、
自分が何に感動したのか、何に不満を持ったのか、それを突き詰めていくと
その作品の本質の一端に触れる瞬間というのがあります。
それはただ流して観ていた時とはまたちがうカタルシスを与えてくれます。
それに触れたくて感想を書いている、というのも理由の一つです。
たとえそれが作品への後追いという敗北であろうとも。

作り手、書き手、共に感想を書くと言う行為には徒労以上の意味があります。

現状、flash板での感想のとりまく環境はいいとは言えません。
しかしよくよく考えてみるならば感想なんていうのは別にどこでもできるわけだし、
そのスタイルにも規制はないはずです。
かつてのアンチスレは様々な自己矛盾を抱えて崩壊してしまったわけですが、
アンチスレとはまた違ったやり方で感想を延べあえる場所を作る事は可能なはずです。
「感想を書きにくい状況」などと諦めず新しい感想形態の模索が必要なんじゃないでしょうか。
感想は必要によって生まれる。それ以上でもそれ以下でもないでしょう。

と偉そうな事を言ったからには自らも動く必要があるかなあと思ったテキスト屋がここにいます。
石とか止めて。
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by bungeisai | 2005-10-10 01:56 | 第三回コラム


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